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今日はどんな本をいただきましょうか?

【懐かしのテレビ黄金時代】瀬戸川 宗太

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現代はさまざまなメディアがありますから、テレビを1日中見ている人は案外少ないかもしれませんね。部分的に見てる感じ。あるいは”ながら見”。

私も読書を本格的な趣味にしてから、めっきり見る時間が減りました。

でもそれだけじゃないんです。”おもしろい番組が減った”ことも原因です。その辺は【懐かしのテレビ黄金時代】の著者瀬戸川さんも指摘しています。なぜ現代のテレビは衰退したのか?

 本書は著者の”思い出話”のような内容ですが、それには理由があります。

番組の種類として*子ども向け*バラエティ・喜劇*ドラマとありますが、テレビ草創期はバラエティはもちろん、ドラマも生放送だったので、VTRがほとんど残っていないのです。しかもあったとしてもそれは当時とても高価だったので、放送されたら上書きされて使いまわしされていた。だから残っていない。

なのでリアルタイムで視聴していた人(つまり著者)の記憶に頼るほか、別の資料や書籍も参考にされています。

生放送だったというのが実は当時のテレビが”おもしろかった”理由の1つじゃないかと思います。その辺については後ほど。

種類別に振り返る

初の連続ドラマといわれるのが『日真名氏飛び出す』(1955~1962 KRテレビ、のちのTBS )。

ヒマナシ?著者によるとタイトルはアメリカ映画のパクリだそうです。

ドラマの途中でCMを入れるのも本作品が最初です。しかも出演者たちが自ら宣伝してました。この手法は現在でもバラエティでありますよね。それをすでに、しかもドラマでやってた。急に何の脈絡もなくCMに入ってたんでしょう……。

瀬戸川さんが好きだったという『事件記者』(1958 NHK)。もちろん生放送。放送直前まで準備やリハーサルをしてました。役者のひとりは本番中に堂々と内ポケットから”カンペ”を取り出して見ていたツワモノもいたそうです。 

1950年代はまだアニメ制作に時間も資金も莫大に必要でした。その中で子供達に人気なのが人形劇。

チロリン村とくるみの木』(1956~1964 NHK)。この枠を引き継いだのは『ひょっこりひょうたん島』。ひょうたん島についてはこちらの記事に少し取り上げています。

 ひょうたん島は見てました。ただしリメイク版です。

当時の番組は初めラジオで放送されて、それからテレビに引っ越して人気を維持していたのも多かったです。

お笑い三人組』(1955ラジオ 1956テレビ)。人情喜劇の公開番組でした。つまりお客さんと対面してた。生のようなものです。テーマ曲の「アハハ、ウフフ」は私も懐かしいテレビを紹介する番組で聴いたことがあります。

ここまでNHKばかりになってますが、アーカイブスで資料が割りと豊富に残っているためでしょう。

世相を映す

懐かしい番組というと必ず名が挙がるのが『月光仮面』。国産テレビ映画第一号でこれは外せないといいます。

知らなかったんですが「憎むな、殺すな、赦しましょう」というキャッチがあったんですね。これは第二次世界大戦の反省から生まれた「平和主義や人権尊重の考えを具現化したもの」。

初期の子供向けテレビ映画は「大東亜戦争」の影がちらついている。

まだ”戦後”でした。

テレビが一般向けに一気に近づいたのが、1959年の東京タワーの完成と4月の皇太子のご成婚を祝うパレードの生中継です。パレード見たさにテレビ受像機が売れたことが「本格的なテレビ時代の幕開け」。

そしてカラーテレビが売れ始めた60年代前半は『七人の刑事』というドラマが注目を集めています。これは特筆すべきと瀬戸川さん。

高度経済成長のなかで生じた社会のひずみをドラマに積極的に取り込んだ

社会派といわれる作品が「テレビの権威を高めていたことを、現在のテレビ番組制作者は思い返す必要がある。」

私も少し記憶にある『巨泉×前武ゲバゲバ90分!』は大人気のバラエティ番組でした。「ゲバゲバ」という変なタイトルの由来は、ドイツ語のゲバルト=暴力からきています。当時の世相を反映しているんです。

1969年東大安田講堂全共闘派学生の立て籠もり、世界ではベトナム反戦運動

バラエティといえどもテレビは世間の動きに敏感でした。瀬戸川さんはこのころからテレビをあまり見なくなったと言っています。というか、安穏と見ている場合じゃない、という雰囲気に世の中がなっていったのです。

世の中の動きがテレビに大きな影響を与える……。ドラマについては90年代に人気のピークを迎え、その後衰退していきます。

瀬戸川さんは映画評論家なので、海外ものも含めて映画の話も多く出てきます。

ドラマの衰退はいろいろな原因が絡んでいますが、映画界の衰退が大きな要因だと著者は考えます。いまや映画会社は配給に力を入れるようになり、制作はわずかです。

最大の競争相手であった映画界の衰退は、テレビの番組制作の活力も奪っていった

黄金時代は「五社協定」など、それは熾烈な争いだったんです。それが幸か不幸かテレビを成長させていたのです。

生放送がおもしろかった理由と書きましたが、テレビって”ギリギリいっぱい”の緊張感がおもしろくなる要素だったんじゃないか?と本書を読んで感じました。

たとえば以前、三谷幸喜脚本のドラマ「HR」を見ましたが、おもしろかったですね😃生放送じゃありませんが、「シットコム」形式で製作され放送時間の枠内で物語が納まるように展開しました。ゲストのなかにはもう二度と出たくない、と言った人もいたようですが、ギリギリのところで製作してた証拠です。

でも見てる方はそれがおもしろさにつながっていく。三谷さんはそれがわかっていたと思います。

おもしろくなくなった、と感じるのはギリギリいっぱいが、ほとんどなくなったからじゃないでしょうか。