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今日はどんな本をいただきましょうか?

【天皇皇后両陛下が受けた特別講義 講書始のご進講】KADOKAWA

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皇族方に興味があり、向学心もある人にとって、本書【特別講義】は大変興味深いんじゃないかと思います。

講書始のご進講」は皇族方が臨まれる行事の一つであることは知っていたので、どんな事を学ばれるのかは興味がありました。

知ったきっかけは平成の両陛下が、ご進講以外でも例えば東日本大震災時に地震に詳しい研究者を御所に私的にお呼びになり、そのメカニズムについて学ばれた、ということをどこかで読んで、お忙しいのに非常に勉強熱心だと感心したことです。

本書の内容は言ってみれば”最高の知性の授業”ともいえます。各界の代表的な研究者が招待されて講義をするわけですから。

驚いたのが、その分野が多岐にわたっていることです。

 そもそも「ご進講」はいつ始まったのか?

現在の形のご進講は明治2年(1869)1月23日に、明治天皇が学問奨励のため行った「御講釈始(ごこうしゃくはじめ)」が始まりとされます。この時の内容は「日本書紀」と「論語」でした。

現在は人文科学、社会科学、自然科学の分野から研究者が講義を行います。

ひとりの講義は約15分ほどで行事の全体では1時間10分ほど行われます。15分は意外に短いですが、1日で3分野をこなすからそうなるんでしょう。

平成23年(2011)から令和2年(2020)までの内容で、ブログでは各分野から私が興味を持った講義を1つずつ取り上げます。はじめは皇族になったつもり(?)でその場の雰囲気を想像しながら読んでましたが、だんだん研究者との1対1の授業みたいに感じてきました。

まずは平成26年(2014)に行われた社会科学のご進講から。なお、進講者の肩書はその当時のものです。

日本的雇用システムと労働法制菅野和夫(東京大学名誉教授、労働政策研究・研修機構理事長、日本学士院会員)

現在につながる労働に関する法律は、1945年の終戦後から本格的に成立をします。でも60年代までは〔驚くべきことに〕実際の雇用・労使の仕組みと、労働法制との関連性には関心がもたれず、先進諸国と日本の法制を比較しながら解釈し立案されていました。

目先は先進諸国に向いていた訳ですね。この状態って明治初期と状況が似ている気がします。”西洋に追いつけ追い越せ”。

それが70年代に大きく変化します。「日本的雇用システム」の確立です。

これはおもに3つの部分に分かれます。長期雇用慣行・内部労働市場・企業別労使関係です。

内部市場は、企業内で人材を育成、調達、調整をする仕組みのことで、これを実現するには自然、長期雇用になるわけです。

企業別労使関係は、労働組合が企業の発展のために緊密に協力する関係のことです。

ここに来てやっと「労働法制は、高度経済成長期以降の日本的雇用システムの発展と密接な関係を持って発展」し「興味深い相互作用を営んできた」のです。高度成長期に大きく変化した事柄を数多く聞きますがこれもその1つです。

「雇用システム」の源は1950年代半ばに始まった、生産性向上運動にあって「雇用の尊重・労使の協議・成果の公正な分配」の3原則を持った指導原理です。今では当たり前なんですが意外に古くから訴えられていたんです。

そして80年代は、現在につながる変化が続けて起こります。

「女性の職場進出・労働力の高齢化・雇用の多様化」です。

それぞれの労働法制は「男女雇用機会均等法・高年齢者雇用安定法・労働基準法内の労働時間法制、女性保護法制」。男女雇用とか当時よく耳にしたものですね。

この時代はいろんな意味で「日本的雇用システム」の”頂点”といえるかもしれません。

しかしそれもつかの間、90年代にバブル崩壊グローバル化でデフレ経済に転じます。

今もそうですが、非正規労働者が増加(若年者の就職難、低収入労働者、不安定雇用の増加)します。そうなると長期雇用慣行が変化せざるを得ません。良い企業に就職して技術を身につけて……、というのは現実的な話にならなくなります。

その時は規制改革立法、2010年前後に社会政策立法など労働法制も動きますが、現状を見ても効果が発揮されているとはいえません。コロナの影響もあるかもしれませんが。

菅野氏は今後は格差是正など、社会の公正さを視野に入れた政策が必要と結んでいます。

次は平成27年(2015)に行われた自然科学から。

学習と記憶の脳のしくみ」中西重忠(京都大学名誉教授、大阪バイオサイエンス研究所所長、日本学士院会員)

記憶には短期記憶とか長期記憶があると聞いたことはありますが、心理学の研究で別の分類があるそうです。それは脳の働きを理解するうえで重要だそうです。

顕在記憶」と「潜在記憶」。前者は具体的に事実や出来事を述べられるもの。意識的に引き出せる(一般的な記憶のイメージはこっちですね)。

後者は手続き記憶ともいって、練習を繰り返すと次第に技術が上達する脳の働き。特に意識しなくても滑らかに行動できる。自転車に乗るとか、スポーツの練習とかルーティンもそうでしょう。考えなくてもできる。脳機能として保持されます。

ポイントは各記憶は脳の特定の部位で情報処理されることです。

ヒトでもっとも発達している「大脳皮質がこれらの記憶を結びつけて保持する役割を担」い、そのことによって「高次な記憶が引き起こされる」。

今は存在していなくても、過去に経験することによってその記憶がよみがえる、とかはそれですね。あんまりよくないけど、トラウマとか。

じゃ情報ってどうやって脳の中で伝達されるのか?これはちょっと聞いたことありますが「神経細胞の興奮または抑制によって伝達」されます。

刺激を受けると、神経伝達物質が細胞から分泌され、次の細胞の受容体を活性化。それが興奮だったり抑制だったりなんでしょう。

神経伝達物質が重要な役割を果たすのは分かりますが、それは実に多種多様な種類があります。その中でグルタミン酸は細胞を興奮させる最も中心的なものです。

神経細胞の活動を高めるグルタミン酸受容体(これもいろんな種類があるようです)が「学習・記憶に必須の役割を果たしている」つまり神経伝達の効率を増強しています。「学習と記憶の基本メカニズム」です。

よく書籍とかで”これをやれば記憶力が増す!”なんてハウツーものが出てますが、じゃグルタミン酸の作用を強めれば記憶力が増すんでしょうか。

中西氏は「生体は(略)単純ではなく(略)機能は常に適正なバランス」が必要といいます。

多すぎる情報は混乱をもたらします。面白いのは「情報が適切に消去されることも重要な脳機能」というところ。特に現代のような情報過多の時代には必要な機能です。

また、いちいち情報を引き出していてはものごとがスムーズに処理できない。記憶を「習慣化してしまう」ことも重要です。「不必要に脳が働くことを避ける」。これって脳は”サボる”ことができるってことかな。機能が何パーセントしか使われていないと聞いたことがありますが、その原因はこれかしら?

中西氏はまとめとして、学習と記憶は「次の世代へ伝えられ、豊かな社会と文化を生み出す」としています。学習は記憶の遺伝子になるんですね。

個人の脳活動の違いが、異なる考えや個性を生み、世界では価値観文化の違いを生み出します。

最後は平成31年(2019)に行われた人文科学から。

日本妖怪文化再考小松和彦(人間文化研究機構国際日本文化研究センター所長)

タイトルを見たとき正直”えっ!”と驚きました。ヨウカイ?皇族方がこういうものも学ばれるとは。興味が湧いて実はこれを一番先に読みました。そして驚きはすごい偏見だったことがわかりました。

まず妖怪とは「不思議な出来事の(略)便利な「説明装置」」でした。そしてそれは恐怖の対象でした。日本の妖怪文化で重要なのはアニミズムという土壌から生み出されたこと。

説明できない存在に初めは姿はなく、口伝だったんでしょうが、大きな転機が訪れます。古代末から中世頃の「見えないとされていた妖怪たちの姿かたちが、絵巻などに描かれるようになった」。

「造形化することで(略)恐怖を少しでも克服し、人間の優位性を示そうとした」。

見える方が怖い気もしますが……。

近世になると「絵師自身が想像し造形したと思われるような妖怪」も登場します。明らかに創造的な文化が形成され始めるのです。

「超自然な存在ではなく(略)現代風に言えばキャラクター」といえます。摩訶不思議さが薄らいでゆくということは「信仰としての妖怪の衰退」を意味し「娯楽としての妖怪」という存在へ変化していきます。

信仰とはどういうことかというと、神や仏と魔物や鬼そして妖怪は「対」の関係にあって「信仰世界を成り立たせている」。どちらかが外れても不十分なんです。

妖怪文化を研究することは、今まであまりされてこなかったこともあって、文化史の欠損部分を補う役割があります。

先ほどの信仰にしても、文学や美術、芸能や遊戯などの分野も妖怪が入り込んでいて、その研究にも役立ちます。

また、日本人論の重要な素材でもあります。「妖怪には(略)人々の喜怒哀楽が託されていた」。自然観や世界観、生活の様子、創作者の思想などが明らかになります。

「妖怪は(略)生活・思想を写す鏡」

そして研究するもう1つの意義は文化資源の側面があって、これが現在まで続いているんです。

 過去の遺物ではなくてそれ自体を楽しむことができる、大衆・娯楽文化を生み出します。水木しげる氏しかり、ポケットモンスターしかり。

「先人が残した(略)妖怪文化の遺産を発掘し、分析・研究するという営みは、現代文化の創作者たちの想像力を刺激し、新しい日本文化、大衆・娯楽文化の創造に大いに貢献しております。」

日本の歴史、あまり知られていない事柄が明らかになる重要な”サブカル”なんですね。

 

3つのご進講を取り上げただけですが、短いなかにもぎゅっとつまった内容です。その他、西洋の修道院のこととか宇宙の成り立ちとか、印刷文化とか、動植物とか半導体とか……。すごすぎて目がまわりそうです😵

巻末には平成元年から22年までのテーマとご進講者の一覧が載っています。もう1冊出してほしいですね。