ブックメニュー★「本」日の献立

今日はどんな本をいただきましょうか?

【華氏451度〔新訳版〕】レイ・ブラッドベリ

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SF界の大御所の登場です。

昔、1940年代から50年代の主にアメリカのSFに凝ってた時があって、ブラッドベリの名前は知っていました。

いろいろ読み漁ってさぁブラッドベリ、と思ったんですが、飽きちゃったのか突如興味を失いそのままになってしまいました。

それから何十年。メディアはこわいですねー。NHKの「100分de名著」でこの作品が取り上げられたことにより、読んでみようと一気に行動しました。いやーこの作品の”恐ろしさ”が分かりました。

描かれたディストピアの世界があまりにも、現代に通じていること。”予言の書”ですね。

 事前に内容を知っていると、その世界に入りやすくなったり、また先入観が邪魔をしたりいろいろありますが、今回は知っていた方が良かった部類です。まぁ謎解きがメインではないので、”オチ”が分かっても影響は少ないと思います。

それよりも本書では、本と人間の存在の意味を、登場人物たちのセリフを中心に読んでいこうと思います。

焚書が”人々を幸せにする”と信じられていた近未来(本好きにはこれだけでもディストピアです)。

主人公とほか4人が主な登場人物です。3人が”本の擁護者”、1人が……これが超複雑で重要な役割を演じます。主人公モンターグは、はじめその間を行ったり来たりしています。

〈第1部 炉と火竜〉

モンターグは焚書を仕事とする昇火士(もともとは消火士。訳者のナイス訳)。それに何の疑問もなく喜びを感じていました。

そこへ1人目の登場人物、クラリスが現れます。

はじめて会った最後に投げかけられた言葉が、すべての始まりです。

「あなた幸福?」

実はモンターグの心はくすぶっていました(後の展開で分かりますが)。それに”火を付けられた”のです。

クラリスは最初の”導師”です。モンターグは彼女のことを「老人みたいな話し方」をするといい、妻よりずっと年上みたいだと評します。

未来では禁止されていた疑問を持つこと、考えることが大好きなので、当局からマークされていました。

彼女と全く正反対なのが、妻のミルドレッド。耳に「巻貝」(これ、ワイヤレスイヤホンですよ)、壁そのものがテレビとなって映し出されるドラマに夢中。その中の架空の人物たちを”家族”といっています。でもその”家族”が結婚してるかさえ、わかってません。

モンターグは彼女に、自分たちがはじめて会ったのはいつ、どこでだったか尋ねると「そんなことどうでもいい」と一蹴してしまいます。彼は「生涯でなにより重要なこと」と思ったのに。単なる夫婦喧嘩にはおさまらない、暗い結末を予感させます。

クラリスは突然、姿を見せなくなります。事故死です。ミルドレッドはそれを”知っていました”が、モンターグに伝えるのを「忘れて」いました。

お隣の人のことも興味なし。人の「死」も興味なし。……。近未来の人間の感覚なのです。

 

2人目の”導師”は、自分の本とともに焼け死んだ老女。

焼けた原因はモンターグたち昇火士が、彼女が隠し持っていた本と家を”昇火”しようとした時、老女は自ら火を放ったため。

衝撃を受けたモンターグですがここで、実は数々の昇火活動の合間に本を”盗んで”持ち帰っていたことが分かります。

 彼は”自分がなんでそんなことをしていたのか”、謎を解く行動にでます。

女は燃える家に残ったんだぜ。あれだけのことをするからには、本にはなにかがある

ミルドレッドに、一緒に本を読んでみようと誘います(それは愚かなことになってしまうのですが。クラリスの死への反応を思い出してください)。

彼女に話しているうちに彼は大事なことに気付きます。

本のうしろには、かならず人間がいる 

老女の”自殺”の衝撃で体調を崩したモンターグは仕事を休みます。

そこへやって来たのが、上司のベイティー隊長。彼が複雑な人物です。簡単に言えば「スターウォーズ」のダースベイダー。

病床のモンターグに本のことやメディアのこと、人々の感覚までとにかく饒舌に語ります。この饒舌さが悪魔の象徴です。 

本は、もはやどうでもいいような内容と画像に彩られ、古典も要約や省略に押し込められ(”5分で読める○○”みたいな……)、哲学や社会学のような難しい考えは人々を不幸にするだけだ、と。

彼か語ったなかで怖いのは「愉しみと快い刺激」を求めているのは「お上のお仕着せじゃない」人々が自ら望んでしていることと見抜いているのです。

「誰もがほかの人をかたどって造られる」ので、みんな「幸福」といいます。さらに「国民が、自分はなんと輝かしい情報収集能力を持っていることか」と思わせて「自分の頭で考えているような」気にさせておけといいます。どうでしょう、現代のことを言っていると思いませんか?

ちなみにブラッドベリは4,50年先の未来を書いているつもりといっています。それから20年もさらに経ってしまって、果たして私たちは「幸福」でしょうか。クラリスの言う幸福とはあまりにも違う気がするのは、私だけじゃないと思います。

ベイティーはどんな質問をされても答えられるとモンターグは感じています。こんな人が時の”権力者”だったら、と思うと背筋が寒くなります。が、体制側の人間であることに変わりはありません。

しかし、彼の”博覧強記”は間違いなく読書によるものです。このへんが彼を複雑な人間足らしめています。実際彼の口から様々な本の引用が飛び出します。

ベイティーが不幸だったのは、本を読破すれば”真理”は必ず得られる、と思い込んでいたことです。

結局、それが叶わなかったので、おそらく怒りとともに、真逆の立場に転身したのでしょう。

ただ気になるセリフが1つあって「人間は夜が明けて服を着るあいだ、ものを考えるたったそれだけの時間もなくしてしまった―哲学的なひととき、いうなれば愁いのひとときを」は彼の哀惜の情が感じられます。かつての自分への。

本を読んでわかったことは「人間が野蛮で孤独だってことを思い知らされるだけ」でした。彼はモンターグに本を読むのをやめろと言います「迷子になるだけだぞ」。

”悪魔のささやき”は、かえってモンターグに本を読む意欲をかきたてたようです。

もしこのなかになにかあったら(略)ほかの誰かに伝えていけるかもしれない

しかしミルドレッドとの”読書会”はすぐ行き詰ってしまいます。

〈第2部 ふるいと砂〉

4人目の人物は、元大学教授のフェーバー。実は彼とも、緑の美しい公園ですでに出会っていました。ひそかに本を愛する”風変わり”な老人と昇火士として。

出会ったことをフェーバーのほうは忘れていて警戒しましたが、モンターグが携えてきた”存在しない”はずの本を見て、その匂いを嗅ぎ懐かしみます。

ちなみに、私は以前19世紀のヨーロッパの革装丁の本を持っていたことがありました。それは不思議な香りがしたんです。紙でもインクでもない、形容しがたい香り。

フェーバーが言ったセリフが何となくしっくりしました「本はナツメグやら異国のスパイスのような香りがする」。形容しがたいものだと「異国のスパイス」になるんですね。

モンターグは協力を頼みますが、はじめフェーバーは目をつけられるのが怖くて断ります。しかしモンターグの熱意に(そして本への愛ゆえに)協力します。

モンターグ、

ぼくらは、しあわせになるために必要なものはぜんぶ持っているのに、しあわせではない。なにかが足りないんです。(略)本が助けになるかもしれない。 

フェーバー、

きみに必要なのは本ではない。かつて本の中にあったものだ。

本とは「われわれが忘れるのではないかと危惧する大量のものを蓄えておく容器」に過ぎないといいます。

書物の3つの役割をこう定義しています。
本質を伝えること。②読むための余暇。メディアは「即時性」のために「素早く結論に持ち」こもうとすることに、フェーバーは反発しています。
③2つから学んだことにもとづいて行動を起こすこと。今でいうアウトプットですね。

 

フェーバーから”学んだ”ことを実行に移したくなったんでしょうか?(フェーバー自身は止めたんですが) 家に帰ったモンターグは、ミルドレッドと遊びに来ていた女友達に向かって詩を朗読し始めます。これが後に決定的な出来事になります。

詩を聞かされ、女友達は”混乱”して家から出て行ってしまいました。

モンターグは勇気を振り絞って夜勤に向かいますが、またもやベイティーは前にもまして饒舌に彼を幻惑しにかかります。

フェーバーから通信機(「巻貝」に似ている)を渡されていて、ベイティーの言葉に負けないようにとモンターグを励まします。彼はここで、思考の仕方の大切な部分を教えてくれます。

どちらの側に跳ぶか、それとも落ちるか、結論を出すのだ。しかしその結論は、わたしのものでも隊長のものでもなく、きみ自身のものでなければならん。

味方のフェーバーのものでもダメといっているのです。誰かのではなく、あくまでも自分自身の考え。

そこへ昇火士たちに出動要請が。向かった先は……、モンターグの家でした。

〈第3部 明るく燃えて〉

ミルドレッドが通報したのです。詩の朗読が間違いなくきっかけになりました。ここで夫との最後の別れになるんですが、彼女が悲しんだのは例のテレビの中の”家族たち”との別れでした。

ベイティーはモンターグに自分で昇火しろと命令します。「みんな、自分の身にはなにも起こらないと思っている。そう思いこんでいる。」

モンターグが自分の家に火を放つのは、一見すると最大の悲劇に見えますが、実は愚かだった過去の自分との決別の”儀式”なのです。「すべてを変えたかった」「なにもかも焼き払ってしまいたかった」。

すべてを終えたモンターグをベイティーは「お前を逮捕する」と殴りつけるのですが、その拍子に耳につけていた通信機が外れ、フェーバーの存在がばれてしまいます。

フェーバーを捜索する、とベイティーが言うや否やモンターグは持っていた火炎放射器の安全装置を外します。そして、何が起こったか。

ベイティーは直前「このうえなく魅力的な笑みを」浮かべました。笑みの意味はのちに、突然わかります。

「ベイティーは死にたがっていた」―そうモンターグは確信するのです。

彼は老女とは違った形で、本に殉じたと解釈できます。こちらの方が自殺ですが。

モンターグは狂乱の都市をはなれ、フェーバーの忠告に従い、川を目指し田園地帯へ辿り着きます。

そこでキャンプファイヤーをしていた数人の老人に出合うのです。彼らは”ブック・ピープル”と原書では呼ばれているようです。

モンターグはキャンプファイヤーの火を今まで見たことのないものだと気付きます。「ただ燃えているのではなく、温めているのだ」

彼が今まで見ていたのは破壊する火でした。それが目の前にある火は、保存する火とでもいいましょうか。

そしてブックピープルたちを囲むのは「静寂」と「世界をひっくりかえす時間」つまり「余暇」でした。

リーダー格のグレンジャーの台詞は、人間はなぜ生きるのかの1つの指針を語っています。

人は死ぬとき、なにかを残していかねばならない、と祖父は言っていた(略)お前が手をふれる前の姿とはちがうものに、お前が手を放したあともお前らしさが残っているものに変えることができれば

その何かをだれかが見れば、お前がそこにいることになる。確かに存在していたとわかることが重要だと語っています。

 

実は数時間前にこの国は戦争状態に入っていました。モンターグたちが都市と反対方向へ歩いていたら突然、

「そして戦争がはじまり、その瞬間に終わった。」

世界一短い戦争を描いた文章だともいわれているみたいですが「100分de名著」だと、これで話は終わりみたいに感じました。でも小説は終わっていません。

モンターグたちは都市へ向かいます。本に書かれていることを伝えるために。はじめはだめでも、何度でもやり直せると信じて……。

ただ本当にどうなるかは分かりません、答えは書かれていません。

 

「訳者あとがき」に旧版の解説者、福島正実氏の記述が興味深いので載せておきます。

個人の尊厳や精神の自由に危機をもたらすものは何か。ブラッドベリはそれを、人間が持つ盲目の力のひとつである、科学・技術の中に見たのである 

 人間が「しあわせになるために必要なもの」の中に、人間であろうとする困難さを見たのです。

ベイティーは確かに悪魔的で怖い人物ですが、ミルドレッドやその女友達、そしてベイティー殺しの殺人犯として逃げる、モンターグの”やらせの逃亡劇”の生中継を”壁テレビ”で見続ける国民。

その大勢の、考えることを放棄した人々のほうが、よっぽど怖いのです。彼らがディストピアを構成し、何より私たちに近い存在だからです。