ブックメニュー★「本」日の献立

今日はどんな本をいただきましょうか?

【三色ボールペンで読む日本語】齋藤孝

f:id:kiuel:20210711073214j:plain本に「線」を引いてしまう……。

他の本で読んだことありますが、それを躊躇する理由は本を”神聖視”しすぎるとか(ありがたいものと崇め奉りすぎる)、”売れなくなるので困る”とか(これが一番の理由かも😁)。

齋藤先生は、そんなセコイ輩を一喝します。

「本はとにかく『身銭を切って』」買うんだと。ここまでは分かります。

「自分の読んだ本を平気で人に回すことができるのは、そこに自分の思考力を賭けていないからだ

ということは、この三色ボールペン方式は、思考力を賭ける、ということなんです。それは「自分が試され、自分を賭ける」。線を引くときの「迷い」や「決意」が痕跡として残る。「迷い」という文字を見た時に”迷っていいんだ!”と気が楽になりました。

ボールペンで線を引く、という超シンプルな「技」が、読書術としては子供から大人まで、すぐ取り組めて自分なりの思考力も発展させることができる、優れモノなのです。

 「自分は今、一つの技を身につけようとしている」

まずは意識を持つことから始めます。はじめは線を引くことに慣れないので勇気がいるし、確かに強く意識しないと、一歩は踏み出しにくい。でもその分、一本引いちゃえば後はなだれ込むように行けると思うんです。先生も「はじめは練習のつもりで大胆にたくさん線を引きまくる」と言います。

そして自分なりに発展させれば、より読書に深みが出るんです。次にどこに線が引けるかを「期待を持って待つ」ことができれば、あなたも私も”三色ボールペンマスター”になれる!

三色は何色があってどんな役割があるのかまとめると、

  1. →そこそこ大事なところを気楽な気持ちで引く。さっき書いた、たくさん引くのはこの色で。ポイントは「後から青の部分を読めば、あらすじや要約になっている」こと。
  2. →誰が見てもすごい大事なところ。最重要で、文章の主旨が伝わるもの。これはやたらには引けない。青の上に重ね引きしてもいいです。
  3. 自分が面白いとかなんか引っかかると感じたところ。なので正解不正解はありません。ポイントは「他人が引きそうもないところ」に引くこと。

青と赤は客観的な役割で、緑は主観的。このバランスがいいです。

 先生はこの技の最大の狙いは「主観と客観を切り替える」ことだと言います。

主観と客観は(両方がそろって)、思考をできるだけ遠くに飛ばす両翼

 飛ばすのは、発展させるということです。青・赤は交感神経、緑は副交感神経を働かせるのでしょうか(リラックスじゃないでしょうけど)。さらに青から赤へ切り替える「その瞬間の興奮と緊張感が大切」。

緊張感を持てばそれは集中してる事になるので、”本をよんで眠くなる”ことはないはずです😅期待して待てればなおいいですよね。

先生は面白い視点を持っていて、ボールペンの色を切り替える時の「カチカチ」音も利用しようといいます。音を聞いてギアチェンジする。

緑は主観なので「癖」が出るといいます。自分の関心事、好みに偏るので逆に「一貫した」「繋がり、連鎖」の関心のもとに引く。

すると後で読み返した時に、何でここに引いたんだろう、と思ったりします。これも楽しみの一つで面白いと思ったものは「未来に何か意味を持ってくる」と先生は指摘します。アイデアとなる、ということでしょう。

緑を使った読書術として、その本、本来のテーマとは違ったアプローチの読み方をしてみるいうのがあります。

齋藤先生は身体論の研究をされているので、いろいろな本をそれとして読んでみるそうです。自分の関心事から、ですね。もちろん、赤も青も並行して使います。

私も禅の本で、ミニマリズムとして読んでみたものがあります。

結果、禅の思想ってミニマリズムだったりしたんですが、 自分の関心事だから、読みやすくもなるし発見もあったりします。

三色ボールペンは難しい本にも生きてくるので、さらに関心事からアプローチすれば、まずは難しいからと敬遠することはなくなるでしょう。

身体論といえば先生は、線を引くという肉体的な行為は文章に、著者に「自分を関わらせる度合いが、格段に強くなってくる」といいます。

三色という色、手を動かすという感覚、カチカチという音。シンプルでありながら、脳へのアプローチが多いんです。

ところで、この技術をある程度習得できれば陥りそうなのが”わかったつもり”でしょう。特に難しい本を”読破”した時や、小気味よい文体とかに。でもこれはどの読書術でもあります。

線を引くだけじゃなく、キーワードを丸で囲むことも勧めています。本書には実際に先生が技を使って読んだ本の写真が載ってますが、まぁー、囲ってある文字が多いですね。

「後で見たときに、その文字が目に飛び込んで来やすい」。

わかったつもりをなくすには、

いくつかのキーワードを組み合わせて(略)論理の組立を自分で再構築できる

きちんと説明できる、つまりアウトプットできるか、です。

 三色ボールペンは”読書のリテラシー”を高めます。難しい本は三色で「解剖」してその構造を見ろ、と教えてくれます。

でも高いレベルになっても「読み落とし」ってあるといいます。速読で流行りの”飛ばし読み”とかやるとなおさら。

線を引かずに済ませたところを後からざっと読んでみると、こういうことが起こります。これを考慮に入れてやるのが現実的です。

 

読書は、優れた他者の思考に寄り添う訓練

「著者の世界に入り込」んで自分を浸す〈積極的受動性〉が読書だ、と齋藤先生はいいます。

ということは、さまざまな本でそうなんですが、小説を読む時もその姿勢が生きますね。

そもそも感情が動いたりして主体性で読むジャンルなので、緑線が多くなるでしょう。

でも赤も多くなるかもしれません。「筆者独自の表現力が力を込めて為されている最重要箇所に」引くのがベストだからです。「表現のインパクトの強さ」に惹かれ、線を引きます。

きっかけが単なる情報を整理する、だけじゃなく、本当は「感動」するから引く。

「読む喜びを、身体で味わう」緊張感と喜び。

初めに書いた「思考力を賭ける」ことは、三色ボールペンをなぜするのかに関係があります。

自分自身に対して自分の思考や判断をさらすことに大きな意味がある

内省なんですね。読書は積極的受動ともう一つ、自分を見つめなおせる行為なんです。

一生懸命読んだ過去の自分が蘇ってきて、現在の自分に流れ込んでいる  

まだ慣れなくて、やたらに引いていた本とか、あまり引けなくて、これでいいのかと不安になった本とか、その時々の自分の心の状態まで未来の自分が振り返れる。

三色ボールペンで、本そのものを読書ノート化してしまおうというのが、斎藤先生の狙いです。